東京地方裁判所 昭和27年(ワ)5509号 判決
原告 重松宣雄 外一名
被告 株式会社改造社 外一名
一、主 文
原告等の訴を却下する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、事 実
訴状によれば原告等の請求の趣旨は、
被告等両名は原告等に対し、東京において発行する日本経済新聞、毎日新聞、読売新聞、東京新聞、朝日新聞、大阪において発行する朝日新聞及び毎日新聞の、各朝刊第一面の右半紙上、第十段及び第十一段の二段抜きにて、左右各五行あき、天地各二分あき、行間各一行あき、見出し「陳謝と取消し」の六字は一号活字、字間五号全角あき、被告等名及び原告等名は二号ゴジツク活字、字間なし、本文及び日附は二号活字、字間は五号全角あきとして、別紙文案の広告をせよ。
との判決を求めるに在り、その請求の原因の要旨は、
昭和二十六年七月号の雑誌「改造」は、市川恒三執筆の下に「霞ケ関のニユーフエイス」なる記事を掲載したが、市川はその冒頭に、「精算された革新派勢力」なる小見出の下に、太平洋戦争勃発前後、外務省には白鳥敏夫氏を頂点的存在とする革新派官僚のグループが存在し、原告等両名はその有力な一員であつたが、このグループは現状打破と称して、反米英、対支強硬外交、日独伊枢軸強化、南進論等を強調し、軍と提携して三国軍事同盟を推進し、外交人事に干渉し、大東亜省を新設せしめる等種々の活動をなしたが、結局その勢力は降り坂となつて終戦前後に完全に屏息するに至つた旨の叙述をなしている。この記事は事実無根であり、当時の原告等の行動についてその真意を理解せず、原告等を誹謗し、その名誉と信用を毀損するものであつて、被告改造社は雑誌「改造」の社会的信用の大なるに鑑み、又被告市川は読売新聞社政治部次長としての職業上、いずれも他人の名誉信用に関する記事言論の文責の重大なことを知つて、高度の注意を払うべきであるのに、これを怠り、共同して原告等に対し不法行為をなしたものである。原告等はこの記事により名誉信用を毀損せられ、社会人として致命的な打撃を受け、精神上甚大な苦痛を蒙つたので、請求の趣旨記載の謝罪及び取消の広告を得て慰藉せられることを求める。
というに在る。而して、原告等が訴状に貼用した印紙類は金三百十円であつて、それは、原告等の第一準備書面によれば、名誉は金銭に見積ることを得ないから、名誉回復のための謝罪広告を求める訴訟は、訴訟物の価額を算定すること能わざる場合に属し、従つて本件訴訟は民事訴訟法第二十二条の趣旨に基き民事訴訟用印紙法第三条第一項により、その訴訟物の価額を金三万一千円とみなし、相当印紙を貼用すれば足る、との見解に基くのである。
答弁書によれば、被告等の本案前の答弁の趣旨は、主文同旨の判決を求めるに在り、その主張の要旨は、
裁判所は、印紙金三百十円分を貼用せるのみの本件訴状を受理し、被告に送達し、既に準備手続を開いた。然し原告等請求の趣旨に従つて文案を組版したものを広告取扱を営業とする株式会社日本電報通信社に評価させると、広告費用は金三百九十万八千五百二十円と見積られる。本件謝罪広告の請求は民法第七百二十三条により損害賠償に代るものとしてなされるのであるから、本質は財産権上の請求であり、謝罪広告によつて原告等が受ける客観的利益は、被告等がその謝罪広告をなすに要する費用と一致するので、右広告費用額が本件訴訟物の価額であるから、訴状の印紙額は不足している。裁判所は印紙の追貼を命じ、応じなければ訴を却下すべきものである。
というに在る。<立証省略>
当裁判所は原告等に対し、訴訟物の価額を金三百九十万八千五百二十円として、これに応ずる印紙を命令書送達の日から二週間以内に、追貼する様に命じ、右命令書は昭和二十七年十二月五日送達されたが、原告等は追貼しない。
三、理 由
先ず本件謝罪広告請求の訴が、訴訟法にいわゆる財産権上の訴に属するかどうかについて考察する。
民法第七百二十三条は他人の名誉を毀損した者が、被害者の請求により、損害賠償に代えて、又は損害賠償と共に、名誉を回復するに適当な処分をなすべきことを規定しており、本件請求が、右条文に基くものなることはもとより明らかである。
さて名誉が、生命、身体、自由等と並ぶいわゆる人格的法益の一つであつて、財産権の範疇に属しないことはいうまでもない。かかる人格的法益の侵害によつて生ずる損害はいわゆる無形的損害であつて、直ちに金銭に見積ることを得ないものとされるが、民法第七百十条はかかる損害についても賠償請求権を認めており被害者は一般の原則に従つて不法行為者に対して金銭賠償を請求することができる。この場合賠償金の性質はいわゆる慰藉料であつて、その金額は、それによつて被害者を満足せしめるに足るかどうかが問題とされるのであり、財産的損害の場合のように、生じた損害を填補すべく損害を金銭に見積つてそれと同一価格の給付をなすという性質の金額ではない。然し無形的損害の大小に応じて相当慰藉料額が上下すると観念される以上、無形的損害にもやはり金銭的評価が行われていることはこれを否定できない。即ち人格的法益自体は財産権ではなくとも、その侵害せられることによつて生ずる無形的損害の賠償請求権は、金銭的評価の可能な一の財産権であるといわねばならない。これを訴訟物とする訴が財産権上の訴として取扱われるべきことは当然である。
唯ここに問題となるのは、名誉毀損の場合にのみ、他の人格的法益の侵害と異つて、民法第七百二十三条という特殊の規定があることであつて、本条にいう「名誉ヲ回復スルニ適当ナル処分」の法律的性質如何によつては、必ずしも右のようには論じ得ないであろう。案ずるに、損害賠償の方法として、金銭賠償の他、いわゆる自然的回復なるものの存することは、諸国の立法例によつて知られるところであつて、名誉毀損の場合における名誉回復処分も、その本質においては自然的回復の一として見るべきものである。即ち民法第七百二十三条は、損害賠償の方法として金銭賠償を原則とする我が民法が特に自然的回復を認めた例外的規定であつて、従つて「損害賠償ニ代ヘ又ハ損害賠償ト共ニ」なる文言は、その用語に拘らず「金銭賠償に代り又は金銭賠償と共に」の意味に解するのを正当とし、この文言の故に、名誉毀損の場合に、損害賠償請求権の他に名誉回復処分請求権なるものが発生すると考えるべきではない。いいかえれば、名誉回復処分は損害賠償の一態様なのであり、特に金銭賠償を原則とする民法の建前からは金銭による慰藉料の一変形として理解せらるべきものである。もしかく解し得ぬとすれば、民法第七百十九条ないし第七百二十二条第七百二十四条等は、被害者が名誉回復処分のみの請求をなす場合に適用し得ないという不合理な結論となるであろう。かように名誉回復処分を損害賠償の一態様と見れば、前段に述べた賠償請求権自体の財産権的性質は、それが金銭賠償の形をとるか、名誉回復処分の形をとるかによつて左右されるべきでなく、従つて名誉回復処分請求権を訴訟物とする訴も、財産権上の訴として取扱われるべきこととなる。故に本件訴訟を非財産権上の訴訟とし、民事訴訟用印紙法第三条第一項に従い訴価を金三万一千円とみなすことは正しくない。
さて名誉回復処分請求の訴が財産権上の訴であるとすると、次に問題になるのは訴価の算定である。名誉毀損による損害賠償でも、金銭賠償による場合であれば、原告の求める一定額をそのまま訴価とすべきことは疑いないが、名誉回復処分による場合には必ずしも訴価の算定は容易でない。かように訴価算定が困難である場合に、民事訴訟法第二十二条第二項を適用し、これに印紙法第三条第一項を準用すべきであるとも一応考えられる。然しながら右第二十二条第二項の文言には「価額ヲ算定スルコト能ハサルトキハ」とある。価額が算定できなければ結局価額なきに帰するから財産権上の訴に関する規定としては不審の点があり、もしこれを「価額の算定困難なるとき」と解すると文理に反する嫌いがある。殊に訴価を三万円を超過するものとみなす丈では貼用印紙の関係で無意義であるのに、印紙法にはこれに照応する規定はなく、従つて明文上は非財産権上の訴訟のみに関する印紙法第三条第一項をこの場合に準用せねばならなくなる等はいずれもこの解釈の取るべからざるを示しているといえよう。むしろ財産権上の訴訟は必ず訴価を有し、而してそれは民事訴訟法第二十二条第一項によつて常に算定可能なのであり、右第二項は非財産権上の訴訟が地方裁判所の管轄に属することの注意的な規定たるに止まると解するのが相当である。故に本件訴訟を財産権上の訴訟であるとしてその訴価を金三万一千円とみなすこともできない。
名誉回復処分請求の訴も財産権上の訴の一である以上訴価の算定は可能である。その算定は原告が訴によつて主張する利益を標準とするが、もとより原告が単に主観的に期待する利益を秤量すべきでなく、出来る丈客観的な評価によるべきものであつて、算定困難ならば結局は裁判所の裁量に服することになる。
本件についてみるに、原告等が被告等に請求するところは、新聞紙上に謝罪広告を掲載するという被告等の行為であるが、新聞広告掲載という行為は、広告者の名義使用の点を無視すれば、一定の費用を以て(新聞社が掲載を肯んずるとして)、被告等以外の者もなしうる行為であり、この点に、例えば書画の揮毫のような他人の代替不能の行為を請求する場合と異る客観的基準を見出しうると考えられる。被告等提出の乙第一号証の一(組版見本)及び同号証の二(株式会社日本電報通信社外金種史作成の広告料見積書)によれば、原告主張の通りの広告をなすに要する費用は金三百九十万八千五百二十円に達することが認められるが、この金額はつまるところ原告等の傷けられた名誉を回復し原告等を慰藉するに要する費用なのである。もとより、ある行為を請求する訴が常にその行為をなすに要する費用を以て訴訟物の価額とするというのではないが、本件の場合、原告等は人に目立つような広告として新聞紙第一面の一定の紙幅と活字とを指定要求しており、正にその点から(広告者の名義が被告等であることは問題とならずに)、右の金額が算出されてくるのであるから、原告等の求めるところは被告等の行為自体を離れて、行為の結果として客観化される紙上の広告面自体であるともいいうるのであり、この意味においては、その広告は、あたかも物件引渡訴訟において客観的存在としての物件の価額がその訴訟の訴価となるのと同様に、その客観的価額が訴価とされるべきものであるが、広告の客観的価額としてはその掲載の費用以外に妥当性ある基準はない。従つて本件訴価は広告掲載費用たる金三百九十万余円と算定するのが相当と認められる。
よつて右訴価に基いて原告等に相当印紙の追貼を命じたが原告等はこれに応じないので本件の訴は不適法な訴にして、その欠缺が補正しえない場合であると認め、これを却下することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 近藤完爾 山本実一 倉田卓次)
(別紙) 陳謝と取消し
改造社発行雑誌「改造」の昭和二十六年七月号に市川恒三執筆の下に「霞ケ関のニユーフエイス」という見出しで、貴殿等外務省官吏の太平洋戦争勃発前後に於ける行動に関し、貴殿等が外務省官吏として奉職中、所謂革新派という派閥を作つて、国の外交政策に反対し、政変毎に自己の抱懐する政策を実行させるため組閣本部に対し外相擁立運動をなし、日米交渉の内容を軍部にもらし軍をして交渉継続に反対させ、排英運動に参加し、宇垣外相を屈服させて枢軸一辺倒の人事を断行させ、日本を日独伊軍事同盟への軌動を驀進させ、松岡外相をして所謂革新派の立案による旋風人事を断行させ、更らに松岡外相の下に軍のスプリングボードとなつて外交面に軍の全面的進出を招来し、内務、大蔵、商工の革新官僚と通謀し大東亜省を新設させ、東郷外相の時日米交渉を妨害したという理由で退職させられた事実無根の記事を掲載し、之により貴殿等の名誉信用を毀損したことは、全く私共の不明の致すところで洵に申訳ありません。
茲に深く陳謝すると共に貴殿等に関する右記事全部を取消します。
昭和 年 月 日
株式会社改造社
社長山本[金圭]
市川恒三
重松宣雄殿
藤村信雄殿